2008年5月22日木曜日

引き続き事故話

朝食は午前6時頃運ばれてきた。早い。
アーイーよりも年上と見受けられるおばちゃんがお膳を運んで来てくれ、僕のベッドサイドに置いていく。お膳は運ばれてくる時も、置かれた時も、寝たきりの僕の目高より高い位置にあるので、献立がまったく分からない。しかし、初めての中国の食事が病院食とはね。
ともあれ、寝たままの状態ではどうにもできず「どうやって食べるのだろう」などと思っていると、アーイーが何か聞いてきた。何を言っているのか全部は分からないが「チー ファン」だけ分かる。「ご飯を食べる」。ここは親鳥に餌を求める小鳥のごとく答えるしかない。
「チー ファン、チー ファン」
心配するまでもなく、アーイーがスプーンや箸で、全部食べさせてくれた。
(しかし、多いし濃いなあ…)
この後11日間、この上海の病院食を食べ続けたのだが、その献立には驚いた。病院食というには量が多いばかりか、辛いものや、しょっぱいもの、油っこいものが盛りだくさんなのである。まるで男子学生と労働者で賑わう下町の定食屋で大盛ランチを頼んだかのようだ。そんな量を寝たきりで食べるものだから、まるで食用牛が餌付けされているようだと我ながらおかしかった。

そうそう、最初の食事の後、再トライして出ましたよ、例のもの。良かった、これで少し安心できた。でもちょっと工夫が必要だったね。それはまた今度。

2008年5月21日水曜日

救助隊

命を救うには届かずとも、しっかりと魂を救う姿に心打たれました。彼らの姿に中国の多くの人たちの心も救われたようですが、実は一番救われたのは彼らを見送った我々日本人自身のような気がします。どうもありがとう。

2008年5月12日月曜日

EPSONとBRAUNの修理

先月、退院早々に、EPSONのプリンターとBRAUNの髭剃を、ヨドバシの修理センターに持っていった。そして、プリンターのほうは、早々に一週間たらずで上がってきた。思っていたより早い。おまけに修理基本価格内で、インクセットも新しいのに取り替えてくれていた。それに対して、それより早く上がるだろうと思っていた髭剃りは、やっと一ヶ月後に上がってきた。よほど複雑な修理だったのかと言えば、そうではなく単に該当パーツをまるごと取り替えただけ。しかも、ちゃんと動いていた部分のパーツまで取り替えて、請求に上げられている。。。。。タイミングが一緒だっただけに、比較してしまうなあ。。。

2008年5月11日日曜日

引き続き事故話

事故話の続き
「しも」の話絡みます。

浦南病院の朝は早い、5時過ぎ頃からスタッフが活発に動き出している。最初の夜を越えたその朝、アーイーに大便をしたいと告げる。ひとこと「大便」。中国でも大便は「大便」らしい。ただ、発音が「だいべん」でなく「ダービエン」みたいな発音になる。さらに中国語では名詞の語尾を「R」っぽくする事がよくあるようで、アーイーは「ダービャー」みたいな発音をしていた。
アーイーは、寝たきりの僕のズボンをおろして、おまるを持ってくる。「どう使うのソレ?」と思ってみていたら、アーイーはそのまま僕の尻の下に入れようとする。高さ10cmぐらいあり、大きさは直径30cmぐらいの楕円形のもの。そのまま尻の下に入れると、腰だけ浮かび上がる形になり、痛めた背中に負担がかかってくる。「アイタタ!」実際、痛みが走りかけたので、アーイーを止めるべく、少しオーバーに痛みを訴える。そして、アーイーに手振りで、背中の下に何かクッションを入れるように訴えた。アーイーはすぐに意図を察知してくれ、対応。
さて、準備はできた。といっても体勢としては寝たまま。物心ついてからは、下半身に力が入る体勢でしか、大便をしたことが無い。「こんな力の入らない体勢で、出せるのかなあ…」と思いつつも試みる。……出ない。「ひょっとして、神経をやられていて出ないんじゃないか?」と考えると、少し怖くなる。とりあえず、今は無理そうなので。アーイーに片付けてもらう。
思えば昨日は、ろくに食べていない。まずは出すことより、朝食をいれたほうが良さそうだ。

2008年5月7日水曜日

絶対、背、縮んでるよ(苦笑)

事故話の流れからそれて、約一月前の手術後20日目のCTです。
絶対、背、縮んでるよコレ(苦笑)
GW後半はラシーンで実家に帰省しました。手術後初の長距離運転です。行きは渋滞に巻き込まれて4時間かかり、正直疲れて帰宅するなり横になりましたが、帰りは順調で2時間弱で到着。快適に運転できました。車の運転には復活できてきてます。
でも、バイクはダメです。前傾姿勢はまだ無理だし、取り回しも重さが背骨に負担になり無理です。なにより今は通常より壊れやすい背骨です。体がむき出しのバイクは避けたほうが得策でしょう。
というわけで先日、愛車XJR400Rにお別れしました。気がつけば8年近く乗っていました。中古バイク屋の運搬車に載せられ、去り行く姿が切なかったです。

2008年5月6日火曜日

引き続き事故話

事故話の続き

入院したときには既に夕飯の時間を過ぎていたらしい。何も食事が出ぬまま、早々に消灯の時間になった。特に空腹でもないので、さっさと寝てしまおうかと思いつつも気になるのは、小便は出したものの大便は事故以来出していない事である。ドクターの皆さんの話によると、今回の傷病では歩行機能に足の痺れや麻痺、それら以外に大小便機能への影響も危惧されるらしいのである。(本当は他にも危惧される機能はあるようだが、それは置いておいて)「大便出るかなあ」「寝たまま出すのかなあ」「あの、おまるみたいのってどう使うのかなあ」と、気に病みつつ先刻紹介されたアーイーを見る。「彼女は夜はどうするんだろう。帰るんだろうか?」見ると、ベッドサイドのソファをベッドに変形させている。本当に24時間、そばにつくらしい。まるで、ちょっとした同棲である。といっても、入院中ずっとではないだろうな、と思いつつ眠りに落ちていく。
それからの二晩ほどは、安眠というには程遠い眠りだった。子供の頃に高熱を出した時、高熱の泥沼で思考停止したまま、もがくような夢を見たことがある。今回は、まさにそんな夢見。いくら寝ても寝た気がしない。熱が出ていたのかもしれないし、事故で衝撃を受けた神経に起因するのかもしれない。

2008年5月3日土曜日

おばちゃん阿姨

事故話の続き
注意。今回は「しも」の話が絡みます。

尿瓶やおまるのようなものも用意されているものの、使ったことないのでどうしたものかと思っていたが尿意に促されて、ちょうど顔を出した看護士に尿瓶を取ってもらう。仰向けのまま、尿瓶の口にペニスを入れるのだが、尿瓶を体の横に配置する都合上、ペニスが横を向くので、なんだか放尿するには心もとない気がする。成人してから女性を前に放尿の準備をするのは初めてだが、事態が事態なので、その辺は照れずに開き直れている自分。「こういう使い方でいいんですかね?」看護士に聞いたものの、「そうですね…」と、いまひとつ曖昧な返事。中国人看護士なので、日本語は完全じゃないせいもあるのかな、と思いつつも、女性にしてみたら男性器での放尿の仕方を聞いても、身をもっては分からないよなと思いつつ、とりあえずその状態で放水。やりづらいけどなんとかなった。その後、体を横にしてやったほうが、安定して出せる事に気づく。
そんな矢先。日本人医師が青い作業服のひとりのおばちゃんを連れてきた。「彼女が側について近藤さんの面倒をみますので…」との事。介護士みたいなものだろうか。中国語でおばちゃんは阿姨(アーイー)というのだが(日本語よりはやや意味は広くなるらしい)、中国人看護士や他のスタッフも彼女をアーイーと呼ぶので、僕も彼女をアーイーと呼ぶことにする。でも、このおばちゃん、日本語は通じないらしい。大丈夫か?まあ、中国語の勉強と思うことにする。