23日に病院に行ってきた。手術からちょうど3ヶ月目くらいにあたる。今回は診察前にレントゲンを4枚撮影。手術後一ヶ月目の前回は2枚撮影だったから、今回はわりと入念。結果、経過は良好。ということで、ついにコルセット段階的解除の許可が出た。二週間から一ヶ月ぐらいかけて段階的に外して良いとの事。
というわけで、それから思い切って結構外して過ごしている。ただ、いきなり胴体に負担がかかって疲れるのか体内の調子が整わないのか、あるいはちょうど天気の悪い日が続いたからなのか、昨日、おとといと夕方ぐらいに軽い不調を感じる。なんとなく気持ち悪いような、気のせいのような。外しすぎかな。
ともあれ、夏の盛りの前には完全に外せそうで助かったと思う。
2008年5月27日火曜日
引き続き事故話というか入院話
前回、下着の取替えについて書いた。そんな3-4日に一回取り替えるくらいでは、衛生管理が悪いのかというと全くそんな事はない。ベッドなどは看護婦さんが毎朝3人がかりでゴミ取りと消毒のようなことをしていくし、布団も一週間ぐらいで取り替えていた。部屋自体も毎日清掃の人が来る。下着の交換ペースは、中国や病院の感覚ではなく、おばちゃんアーイー個人の感覚なのかも。あるときアーイーが差し入れの梨を食べるか?と聞いてきた。勿論僕は賛成。しかし室内には果物ナイフらしきものはない。どうするのかと思ったら、アーイーは腰にぶら下げたキーホルダー式の折りたたみバサミで皮をむき出した。おいおい、そのハサミ、前に何を切ったハサミだよ?つっこもうにもそこまで中国語が分からない。
しばらくして、まるまる皮をむいた梨が目の前に置かれる。思っていたよりはまともな仕上がり、おいしそう。これが怪しげなハサミでむかれたことは忘れる。まずは手を拭きたいと思い「まおじーん(タオル)」と言いつつ手を拭くしぐさをアーイーにしてみせる。アーイーは、そうかそうかと言う感じで、さっそく濡れタオルを用意してくれた。ではでは、しっかり手を拭き、さてと梨を手に取ろうとした時のことである。アーイーは僕より早く、ごく自然に梨を手に取り、僕から受け取った濡れタオルで梨を拭き出したのである。皮をむいた(しかもハサミで)梨を、僕がしっかり手を拭いたタオルで、まじめな顔でよく拭いていた。
下着の交換ペースはやはりアーイーの感覚のようだ。ちなみに梨は美味しかった。
2008年5月25日日曜日
引き続き事故話というか入院話
やや「しも」入ります。入院話をしようとすると「しも」はどうしても絡んでしまうようですね。
入院新生活はたくさんの疑問符で始まる。それもいままで疑問にも思わなかった事ばかり。寝たきりになると、普段何も考えずにすませている日常の所作が大問題に変わってしまうためだ。そのうち食事(チー・ファン)と排泄(だぁびゃあ、しゃおびゃあ)の疑問は解けた。続いての疑問は体を洗うこと。この病室はかなり良い個室でシャワーまで付いているのだが、まさかシャワーを浴びるわけにもいかない。
これもやはりアーイーにお世話になることになった。やり方は単純、下半身は大便を済ませた後に、その後処理と合わせてまとめて拭いてしまう、いや拭いてもらう。ムスコもね。それ以外は、適当な時間(主に夜)に服をはだけて、ざっと拭いてもらうという形。体を拭かれている間、僕はされるがまま。そして頭の中では(そんな事が実際あるかは知らないが)動物園のトドが飼育係に体を拭いてもらっているイメージが膨らんだ。トドは、この際恥ずかしがらずに積極的に飼育係にお世話になってしまう事で、動物園での生活を肯定的に受け止める事にしていた。事故の事も体のことも、どうにもならない事は受け入れ、どうにかなりそうな事だけ考えていくしかないなと思う。そうしたら先の見通しも立たない中でもそれなりに落ち着けた。
体をひととり拭いてもらい、下ろしたパンツをもう一度穿かせようとしているアーイーに「新的(シンダ)」とお願いする。「新しいの」という意味。せっかく拭いたのだから、下着は取り替えたい。アーイーに旅行カバンの中から新しい下着を出してもらい取り替える。古いのは洗濯してくれるらしい。これで、着替えの疑問も解けた。
次の日、体を拭いてくれたアーイーに再び「新的(シンダ)」とお願いしたところ、笑いながら何か言われ、そのままさっき脱いだパンツを穿かされた。「ズオティエン(きのう)」という単語だけわかった。まるで大阪のおばちゃんが、つっこみを入れるようなアーイーの表情からさっするに「アンタ、昨日穿き替えたばかりでしょう(笑)」という事らしい。え?毎日履き替えるんじゃないの?その後、12日間の入院中、結局パンツは2回取り替えただけだった。
入院新生活はたくさんの疑問符で始まる。それもいままで疑問にも思わなかった事ばかり。寝たきりになると、普段何も考えずにすませている日常の所作が大問題に変わってしまうためだ。そのうち食事(チー・ファン)と排泄(だぁびゃあ、しゃおびゃあ)の疑問は解けた。続いての疑問は体を洗うこと。この病室はかなり良い個室でシャワーまで付いているのだが、まさかシャワーを浴びるわけにもいかない。
これもやはりアーイーにお世話になることになった。やり方は単純、下半身は大便を済ませた後に、その後処理と合わせてまとめて拭いてしまう、いや拭いてもらう。ムスコもね。それ以外は、適当な時間(主に夜)に服をはだけて、ざっと拭いてもらうという形。体を拭かれている間、僕はされるがまま。そして頭の中では(そんな事が実際あるかは知らないが)動物園のトドが飼育係に体を拭いてもらっているイメージが膨らんだ。トドは、この際恥ずかしがらずに積極的に飼育係にお世話になってしまう事で、動物園での生活を肯定的に受け止める事にしていた。事故の事も体のことも、どうにもならない事は受け入れ、どうにかなりそうな事だけ考えていくしかないなと思う。そうしたら先の見通しも立たない中でもそれなりに落ち着けた。
体をひととり拭いてもらい、下ろしたパンツをもう一度穿かせようとしているアーイーに「新的(シンダ)」とお願いする。「新しいの」という意味。せっかく拭いたのだから、下着は取り替えたい。アーイーに旅行カバンの中から新しい下着を出してもらい取り替える。古いのは洗濯してくれるらしい。これで、着替えの疑問も解けた。
次の日、体を拭いてくれたアーイーに再び「新的(シンダ)」とお願いしたところ、笑いながら何か言われ、そのままさっき脱いだパンツを穿かされた。「ズオティエン(きのう)」という単語だけわかった。まるで大阪のおばちゃんが、つっこみを入れるようなアーイーの表情からさっするに「アンタ、昨日穿き替えたばかりでしょう(笑)」という事らしい。え?毎日履き替えるんじゃないの?その後、12日間の入院中、結局パンツは2回取り替えただけだった。
2008年5月23日金曜日
引き続き事故話
今回は完全に「しも」の話です。アーイーが言うところの「だぁびゃあ」の話。
事故後初めての食事の後、早朝に出なかった大便に再トライ。体勢は先述のように寝たまま。腰の下には、おまる。なかなか何処にどう力を入れるべきか分からないが、早朝よりは出そうな気がする。
この時、ふと気づいた。これまで小便のときは小便だけを出してきた。しかし、大便のときは大便だけというわけでもなかった。和式も洋式も便器の構造上、ついでに小便もできるようになっている。大便の体内スイッチは小便のスイッチでもあったのだ。大便だけのスイッチはどこなのか。寝たままの姿勢なのでなおさら分からない。変な力みついでにチビらなければ良いのだがと不安になり、非常事態に備えて片手にティッシュペーパーを用意する。
さて、行為の進行を全部書くのもどうかと思うのでさっさと結論を言おう。あわや数滴!危うくティッシュに救われつつも「だぁびゃあ」は完了した。ここで寝たきり大便の教訓『「だぁびゃあ」の前には「しゃおびゃあ」を出し切る』あるいは『まだ残尿感があるなら尿瓶も構えておけ』
この後、入院の規則正しい生活の中で「だぁびゃあ」の時刻も自分なりに決めてしまったら、むしろ入院前より健康的に便がまわるようになった。そういえば、介護がおばちゃんのアーイーで良かったと思う。だって、可愛い看護婦に便の後処理をされるのかと思ったら、緊張してずっと便は出なかったかも。
事故後初めての食事の後、早朝に出なかった大便に再トライ。体勢は先述のように寝たまま。腰の下には、おまる。なかなか何処にどう力を入れるべきか分からないが、早朝よりは出そうな気がする。
この時、ふと気づいた。これまで小便のときは小便だけを出してきた。しかし、大便のときは大便だけというわけでもなかった。和式も洋式も便器の構造上、ついでに小便もできるようになっている。大便の体内スイッチは小便のスイッチでもあったのだ。大便だけのスイッチはどこなのか。寝たままの姿勢なのでなおさら分からない。変な力みついでにチビらなければ良いのだがと不安になり、非常事態に備えて片手にティッシュペーパーを用意する。
さて、行為の進行を全部書くのもどうかと思うのでさっさと結論を言おう。あわや数滴!危うくティッシュに救われつつも「だぁびゃあ」は完了した。ここで寝たきり大便の教訓『「だぁびゃあ」の前には「しゃおびゃあ」を出し切る』あるいは『まだ残尿感があるなら尿瓶も構えておけ』
この後、入院の規則正しい生活の中で「だぁびゃあ」の時刻も自分なりに決めてしまったら、むしろ入院前より健康的に便がまわるようになった。そういえば、介護がおばちゃんのアーイーで良かったと思う。だって、可愛い看護婦に便の後処理をされるのかと思ったら、緊張してずっと便は出なかったかも。
2008年5月22日木曜日
引き続き事故話
朝食は午前6時頃運ばれてきた。早い。
アーイーよりも年上と見受けられるおばちゃんがお膳を運んで来てくれ、僕のベッドサイドに置いていく。お膳は運ばれてくる時も、置かれた時も、寝たきりの僕の目高より高い位置にあるので、献立がまったく分からない。しかし、初めての中国の食事が病院食とはね。
ともあれ、寝たままの状態ではどうにもできず「どうやって食べるのだろう」などと思っていると、アーイーが何か聞いてきた。何を言っているのか全部は分からないが「チー ファン」だけ分かる。「ご飯を食べる」。ここは親鳥に餌を求める小鳥のごとく答えるしかない。
「チー ファン、チー ファン」
心配するまでもなく、アーイーがスプーンや箸で、全部食べさせてくれた。
(しかし、多いし濃いなあ…)
この後11日間、この上海の病院食を食べ続けたのだが、その献立には驚いた。病院食というには量が多いばかりか、辛いものや、しょっぱいもの、油っこいものが盛りだくさんなのである。まるで男子学生と労働者で賑わう下町の定食屋で大盛ランチを頼んだかのようだ。そんな量を寝たきりで食べるものだから、まるで食用牛が餌付けされているようだと我ながらおかしかった。
そうそう、最初の食事の後、再トライして出ましたよ、例のもの。良かった、これで少し安心できた。でもちょっと工夫が必要だったね。それはまた今度。
アーイーよりも年上と見受けられるおばちゃんがお膳を運んで来てくれ、僕のベッドサイドに置いていく。お膳は運ばれてくる時も、置かれた時も、寝たきりの僕の目高より高い位置にあるので、献立がまったく分からない。しかし、初めての中国の食事が病院食とはね。
ともあれ、寝たままの状態ではどうにもできず「どうやって食べるのだろう」などと思っていると、アーイーが何か聞いてきた。何を言っているのか全部は分からないが「チー ファン」だけ分かる。「ご飯を食べる」。ここは親鳥に餌を求める小鳥のごとく答えるしかない。
「チー ファン、チー ファン」
心配するまでもなく、アーイーがスプーンや箸で、全部食べさせてくれた。
(しかし、多いし濃いなあ…)
この後11日間、この上海の病院食を食べ続けたのだが、その献立には驚いた。病院食というには量が多いばかりか、辛いものや、しょっぱいもの、油っこいものが盛りだくさんなのである。まるで男子学生と労働者で賑わう下町の定食屋で大盛ランチを頼んだかのようだ。そんな量を寝たきりで食べるものだから、まるで食用牛が餌付けされているようだと我ながらおかしかった。
そうそう、最初の食事の後、再トライして出ましたよ、例のもの。良かった、これで少し安心できた。でもちょっと工夫が必要だったね。それはまた今度。
2008年5月11日日曜日
引き続き事故話
事故話の続き
「しも」の話絡みます。
浦南病院の朝は早い、5時過ぎ頃からスタッフが活発に動き出している。最初の夜を越えたその朝、アーイーに大便をしたいと告げる。ひとこと「大便」。中国でも大便は「大便」らしい。ただ、発音が「だいべん」でなく「ダービエン」みたいな発音になる。さらに中国語では名詞の語尾を「R」っぽくする事がよくあるようで、アーイーは「ダービャー」みたいな発音をしていた。
アーイーは、寝たきりの僕のズボンをおろして、おまるを持ってくる。「どう使うのソレ?」と思ってみていたら、アーイーはそのまま僕の尻の下に入れようとする。高さ10cmぐらいあり、大きさは直径30cmぐらいの楕円形のもの。そのまま尻の下に入れると、腰だけ浮かび上がる形になり、痛めた背中に負担がかかってくる。「アイタタ!」実際、痛みが走りかけたので、アーイーを止めるべく、少しオーバーに痛みを訴える。そして、アーイーに手振りで、背中の下に何かクッションを入れるように訴えた。アーイーはすぐに意図を察知してくれ、対応。
さて、準備はできた。といっても体勢としては寝たまま。物心ついてからは、下半身に力が入る体勢でしか、大便をしたことが無い。「こんな力の入らない体勢で、出せるのかなあ…」と思いつつも試みる。……出ない。「ひょっとして、神経をやられていて出ないんじゃないか?」と考えると、少し怖くなる。とりあえず、今は無理そうなので。アーイーに片付けてもらう。
思えば昨日は、ろくに食べていない。まずは出すことより、朝食をいれたほうが良さそうだ。
「しも」の話絡みます。
浦南病院の朝は早い、5時過ぎ頃からスタッフが活発に動き出している。最初の夜を越えたその朝、アーイーに大便をしたいと告げる。ひとこと「大便」。中国でも大便は「大便」らしい。ただ、発音が「だいべん」でなく「ダービエン」みたいな発音になる。さらに中国語では名詞の語尾を「R」っぽくする事がよくあるようで、アーイーは「ダービャー」みたいな発音をしていた。
アーイーは、寝たきりの僕のズボンをおろして、おまるを持ってくる。「どう使うのソレ?」と思ってみていたら、アーイーはそのまま僕の尻の下に入れようとする。高さ10cmぐらいあり、大きさは直径30cmぐらいの楕円形のもの。そのまま尻の下に入れると、腰だけ浮かび上がる形になり、痛めた背中に負担がかかってくる。「アイタタ!」実際、痛みが走りかけたので、アーイーを止めるべく、少しオーバーに痛みを訴える。そして、アーイーに手振りで、背中の下に何かクッションを入れるように訴えた。アーイーはすぐに意図を察知してくれ、対応。
さて、準備はできた。といっても体勢としては寝たまま。物心ついてからは、下半身に力が入る体勢でしか、大便をしたことが無い。「こんな力の入らない体勢で、出せるのかなあ…」と思いつつも試みる。……出ない。「ひょっとして、神経をやられていて出ないんじゃないか?」と考えると、少し怖くなる。とりあえず、今は無理そうなので。アーイーに片付けてもらう。
思えば昨日は、ろくに食べていない。まずは出すことより、朝食をいれたほうが良さそうだ。
2008年5月7日水曜日
絶対、背、縮んでるよ(苦笑)
事故話の流れからそれて、約一月前の手術後20日目のCTです。絶対、背、縮んでるよコレ(苦笑)
GW後半はラシーンで実家に帰省しました。手術後初の長距離運転です。行きは渋滞に巻き込まれて4時間かかり、正直疲れて帰宅するなり横になりましたが、帰りは順調で2時間弱で到着。快適に運転できました。車の運転には復活できてきてます。
でも、バイクはダメです。前傾姿勢はまだ無理だし、取り回しも重さが背骨に負担になり無理です。なにより今は通常より壊れやすい背骨です。体がむき出しのバイクは避けたほうが得策でしょう。
というわけで先日、愛車XJR400Rにお別れしました。気がつけば8年近く乗っていました。中古バイク屋の運搬車に載せられ、去り行く姿が切なかったです。
2008年5月6日火曜日
引き続き事故話
事故話の続き
入院したときには既に夕飯の時間を過ぎていたらしい。何も食事が出ぬまま、早々に消灯の時間になった。特に空腹でもないので、さっさと寝てしまおうかと思いつつも気になるのは、小便は出したものの大便は事故以来出していない事である。ドクターの皆さんの話によると、今回の傷病では歩行機能に足の痺れや麻痺、それら以外に大小便機能への影響も危惧されるらしいのである。(本当は他にも危惧される機能はあるようだが、それは置いておいて)「大便出るかなあ」「寝たまま出すのかなあ」「あの、おまるみたいのってどう使うのかなあ」と、気に病みつつ先刻紹介されたアーイーを見る。「彼女は夜はどうするんだろう。帰るんだろうか?」見ると、ベッドサイドのソファをベッドに変形させている。本当に24時間、そばにつくらしい。まるで、ちょっとした同棲である。といっても、入院中ずっとではないだろうな、と思いつつ眠りに落ちていく。
それからの二晩ほどは、安眠というには程遠い眠りだった。子供の頃に高熱を出した時、高熱の泥沼で思考停止したまま、もがくような夢を見たことがある。今回は、まさにそんな夢見。いくら寝ても寝た気がしない。熱が出ていたのかもしれないし、事故で衝撃を受けた神経に起因するのかもしれない。
入院したときには既に夕飯の時間を過ぎていたらしい。何も食事が出ぬまま、早々に消灯の時間になった。特に空腹でもないので、さっさと寝てしまおうかと思いつつも気になるのは、小便は出したものの大便は事故以来出していない事である。ドクターの皆さんの話によると、今回の傷病では歩行機能に足の痺れや麻痺、それら以外に大小便機能への影響も危惧されるらしいのである。(本当は他にも危惧される機能はあるようだが、それは置いておいて)「大便出るかなあ」「寝たまま出すのかなあ」「あの、おまるみたいのってどう使うのかなあ」と、気に病みつつ先刻紹介されたアーイーを見る。「彼女は夜はどうするんだろう。帰るんだろうか?」見ると、ベッドサイドのソファをベッドに変形させている。本当に24時間、そばにつくらしい。まるで、ちょっとした同棲である。といっても、入院中ずっとではないだろうな、と思いつつ眠りに落ちていく。
それからの二晩ほどは、安眠というには程遠い眠りだった。子供の頃に高熱を出した時、高熱の泥沼で思考停止したまま、もがくような夢を見たことがある。今回は、まさにそんな夢見。いくら寝ても寝た気がしない。熱が出ていたのかもしれないし、事故で衝撃を受けた神経に起因するのかもしれない。
2008年5月3日土曜日
おばちゃん阿姨
事故話の続き注意。今回は「しも」の話が絡みます。
尿瓶やおまるのようなものも用意されているものの、使ったことないのでどうしたものかと思っていたが尿意に促されて、ちょうど顔を出した看護士に尿瓶を取ってもらう。仰向けのまま、尿瓶の口にペニスを入れるのだが、尿瓶を体の横に配置する都合上、ペニスが横を向くので、なんだか放尿するには心もとない気がする。成人してから女性を前に放尿の準備をするのは初めてだが、事態が事態なので、その辺は照れずに開き直れている自分。「こういう使い方でいいんですかね?」看護士に聞いたものの、「そうですね…」と、いまひとつ曖昧な返事。中国人看護士なので、日本語は完全じゃないせいもあるのかな、と思いつつも、女性にしてみたら男性器での放尿の仕方を聞いても、身をもっては分からないよなと思いつつ、とりあえずその状態で放水。やりづらいけどなんとかなった。その後、体を横にしてやったほうが、安定して出せる事に気づく。
そんな矢先。日本人医師が青い作業服のひとりのおばちゃんを連れてきた。「彼女が側について近藤さんの面倒をみますので…」との事。介護士みたいなものだろうか。中国語でおばちゃんは阿姨(アーイー)というのだが(日本語よりはやや意味は広くなるらしい)、中国人看護士や他のスタッフも彼女をアーイーと呼ぶので、僕も彼女をアーイーと呼ぶことにする。でも、このおばちゃん、日本語は通じないらしい。大丈夫か?まあ、中国語の勉強と思うことにする。
2008年5月2日金曜日
浦南医院 国際医療部へ
事故話の続き日本領事館に相談したところ日本語が通じる病院を紹介してくれました。浦南医院の国際医療部です。というわけで、早々にそちらに運ばれました。救急車スタッフの患者の扱いは、日本より少し雑な気がしましたが、単に言葉がわからないから、そう感じるだけかなあ。新しい病院は、寝たきりで動いてはいけない状態なので、どういう病院かよくわからぬまま、流れる天井を眺めるだけ。でも、廊下で誘導する言葉が日本語だったので一安心。東京の僕の部屋より広い個室に運ばれました。
そのあと、日本語の流暢な中国人医師、日本人医師の皆さんの診察。主に脚の感覚を診るもので、足の裏をくすぐられたりしました。特に神経上の問題は出てなさそうで、月曜にさらにCTで詳しく調べますとのこと。その時は金曜の夕方になっていて、土日はCTは動かないらしいのです。そうして診断が終わり、部屋に一人になってふと疑問。生まれてはじめての寝たきり状態、食事と大小便と風呂はどうなるんだろうと。とりあえず、おしっこしたくなってきたんだけど…。尿瓶ってどう使うの???
じん帯が消失?あるいは確定申告書類提出
入院のためできずにいた確定申告の書類作成が終わったので、渋谷区税務署に提出しに行く。うちから歩くには少々遠いのではあるが、リハビリを兼ねて歩いて行くことにする。参宮橋の脇を抜けて40分ほどで到着。提出は問題なくあっけなく済んでしまう。
帰りはコースを変えて明治神宮を抜けていくことにする。が、途中から右足首が重いというか、だるいというか、ともかく調子が悪い。これは今回の事故が原因というわけでもないのだが、今回の事故によって新たな事実が判明した部分である。この右足、ずいぶん昔からひねり癖があるなとは思っていたのだが、それどころではなかった。今回の入院でレントゲンを撮られた時に言われたのだ「今回より前に、じん帯が無くなってるね」。どうりでよくひねるはずだ。でも、とりあえず普段歩き回ってるし、南国のアイドルDVD撮影では砂浜を走るし、去年の短編撮影では雪山を歩き回った。じん帯がなくても、運動選手でもない限り、生活や仕事はなんとかなるようだ。
とはいえ、今回は足も弱っているせいか、妙に右足首に疲れが響く。足首対策のリハビリも今回の入院で教えてもらったので退院後も続けているのだが、ひょっとしてがんばりすぎかな??
帰りはコースを変えて明治神宮を抜けていくことにする。が、途中から右足首が重いというか、だるいというか、ともかく調子が悪い。これは今回の事故が原因というわけでもないのだが、今回の事故によって新たな事実が判明した部分である。この右足、ずいぶん昔からひねり癖があるなとは思っていたのだが、それどころではなかった。今回の入院でレントゲンを撮られた時に言われたのだ「今回より前に、じん帯が無くなってるね」。どうりでよくひねるはずだ。でも、とりあえず普段歩き回ってるし、南国のアイドルDVD撮影では砂浜を走るし、去年の短編撮影では雪山を歩き回った。じん帯がなくても、運動選手でもない限り、生活や仕事はなんとかなるようだ。
とはいえ、今回は足も弱っているせいか、妙に右足首に疲れが響く。足首対策のリハビリも今回の入院で教えてもらったので退院後も続けているのだが、ひょっとしてがんばりすぎかな??
2008年4月26日土曜日
と、ここで今
と、ここで今の様子。
朝起きると、体がぎこちない感じもするが、外をウォーキングするとぎこちなさもなくなってくる。
日中は、2-3時間起き上がっていると、腰痛を感じる。たぶん、チタンを付けた下の軟骨あたり。で、横になるとしばらくして、そのあたりがポキっとなる。指をポキっとならす感じ。すると少し楽になる。昨日は、調子に乗ってさらに伸びをしてみたら、ポキじゃなくてボリっと異物感を感じたので、あまりまだ大きな動きは止めた方が良さそうだ。
そんな繰り返しで起きているが、夕方になると腰痛のほかに背中に異物感も感じてくる。おとといくらいまでは、それでも各種作業にそれなりに集中できたのであるが、昨夜は疲れがたまったのか、異物感で集中力が続かず、腰痛も強くなってくるので早々に寝てしまった。
手術して1ヶ月をすぎたが、まだまだ安定しないのか、これが安定点なのか、とりあえずコルセットを外すOKがでるまでは(たぶんあと2ヶ月くらい)のんびり経過をみるしかないかな。
朝起きると、体がぎこちない感じもするが、外をウォーキングするとぎこちなさもなくなってくる。
日中は、2-3時間起き上がっていると、腰痛を感じる。たぶん、チタンを付けた下の軟骨あたり。で、横になるとしばらくして、そのあたりがポキっとなる。指をポキっとならす感じ。すると少し楽になる。昨日は、調子に乗ってさらに伸びをしてみたら、ポキじゃなくてボリっと異物感を感じたので、あまりまだ大きな動きは止めた方が良さそうだ。
そんな繰り返しで起きているが、夕方になると腰痛のほかに背中に異物感も感じてくる。おとといくらいまでは、それでも各種作業にそれなりに集中できたのであるが、昨夜は疲れがたまったのか、異物感で集中力が続かず、腰痛も強くなってくるので早々に寝てしまった。
手術して1ヶ月をすぎたが、まだまだ安定しないのか、これが安定点なのか、とりあえずコルセットを外すOKがでるまでは(たぶんあと2ヶ月くらい)のんびり経過をみるしかないかな。
2008年4月24日木曜日
最初の救急病院
事故話の続き。事故直後は軽い腰痛ぐらいに思っていたのですが、どんどん腰が痛くなっていき、体を起こしていられない状況になってきました。それで別のタクシーで救急病院に担ぎ込まれたのですが、当然、みんな中国語。旅行に備えて少しは中国語を勉強してあったのですが、こんな状況を説明できる能力はありません。途方にくれていると、ジャクリーンという一人の中国人女性が近寄って来てくれて、英語で通訳を買って出てくれました。英語も得意ではないですが、少なくとも中国語よりはできます。どうやら、オリンピックに備えて、彼女のような外国人のためのボランティアが救急病院に配置されているようです。おかげで、症状や状況を医師に説明することができました(ありがとう!ジャクリーン!)。で、ここで、レントゲンの結果、脊椎が骨折していることが判明、おそらく手術を要するとの事、どうしたものか。これより3週間強にわたる寝たきり期間が始まります。
写真は、診療を受けた場所です。なんとも雑然。向かって左に医師が座り、右に僕が座りました。写真はベッド(?)に横たわった状態で撮ったのですが、この後、手を大きく切ったヤクザ風体の男性の問診が始まりました。男性は問診中もずっとタバコを吸い続け、吸殻は床に落としていました。漫画で描かれる歌舞伎町の病院ってこんな感じだよなあ、とぼんやりと考えていました。
2008年4月22日火曜日
上海に到着して1時間もたたずに…
2008年2月29日夜。初めての中国。初めての上海。その初めて見るはずの景色はまだ夜のためタクシーからは見えず、と思っていたら…。そして、初めての交通事故になりました…。入国して1時間も立ってない頃です。。。。事故は乗っていたタクシーが前方ですでに発生していた玉突き事故に突っ込む形で発生しました。事故発生少し前に、何気に運転席を覗いたときに見えたスピードメーターは120kmを表示していました。突っ込む際に減速感は感じなかったので(居眠り?本当に気づかなかった?)ほぼその速度で突っ込んだものと思います。このような時、「その瞬間はスローモーションだった」という話をよく物語などで聞きます。確かにそういう表現が適当かもしれませんが、お決まりの走馬灯のようなものは流れず、ただただパニックで頭が沸騰したという感じ。 そして伝わりくる衝突の衝撃、その鉄を砕く衝撃に肉の無力さを直感しました。
上海で赤いタクシーは避けたほうが良いです。。。
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