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2007年8月26日日曜日

日ごろの酸素の代金を…

経済的にきつい状態の国々が、工業化を意識して、あるいは単に目先の資材として自国の森林を伐採している、あるいは伐採を許している、少しでも生活を豊かにしていくために。それに対して、グローバルな視点を訴えかけようとするのは、豊かな生活を送る工業大国で、コンクリートの町で車を乗り回し、高層ビルを建て、工場で大量の商品を作り商業を繁栄させる。なんだか、どこか説得力に欠ける、という構図。僕自身は、そのあたりの専門知識は疎いのであるが、気になったので書いてみる。森林を維持していること自体が経済的収入になる仕組みを国際的に作れないのだろうか。森を維持していること自体を経済活動として、ビジネスとして収入になるようにできないのだろうか。例えば、森林による酸素供給に対して森林を維持している国に、諸外国はその酸素の代価を払うようにするとか。伐採を続ける森林保有国もお金にならないから森を伐採してしまうのである、伐採した展開のほうがお金になるから、伐採するわけで、そのまま維持させたほうが収入になるのであれば、伐採しないのではないだろうか。二酸化炭素を出さないようにする運動も大切だが、むしろ酸素を供給していることを経済として評価してみはどうかとふと思った。酸素供給は産業と同じ経済評価を得て良いのではないだろうかとふと思った。しろうと意見なのではありますが…。

2007年7月24日火曜日

高さだけでなく深さ

人と人の間の中で物を作っているときに、人の能力の高さが話題にあがることが間々ある。しかし、こういう仕事をしていると、むしろ高さにおける比較ではないところで、物を作る場を暖めてくれる方々に出会い、助けられる事しばしば。これは高さでなく深さだなって、ふと今日思った。それは比較自体ばかげている大きさの部分なんだとうなと。

2007年6月24日日曜日

大事な人が食べる姿

最近はどうなのかよくは知らないが、女の人が男性を語る上で、食べっぷりのよい姿を好む発言を以前よく耳にした。多分、最近もそうだろう。僕は昔から女の子と食事を一緒にしても、僕のほうが遅い事があるくらいで、量も人並み、だから僕には関係ないと、ヘソを曲げるわけではないが、そんな事を言われても聞き流してきた。どうでもいい事だよと。
だけど、昨日はそんな女性の言葉にある気持ちが少し分かる気がした。
昨日は、父と母と僕とで、珍しく外食をした。宇都宮のとあるとんかつ屋である。父は手術以降めっきり食が細くなってしまい、痩せ行く姿には母も心痛めていたのだが、さてこのとんかつ屋、かなり美味い。なんと、父がもぐもぐと、もぐもぐと、もぐもぐと、もぐもぐと、もぐもぐと食を進めるではないか。術後の食の姿にはむしろ苦労しか見えず痛々しかったのだが、この時はまるで違う。もぐもぐと、もぐもぐと食べている。もぐもぐと、もぐもぐと、もぐもぐと父が食べる姿を母も僕も嬉しそうに見つめた。その時、ふと思い出したのである、先の食べっぷりの話。その時、自分の大事な人が、しっかり食べている姿って、嬉しくなるもんなんだなあって初めて分かる気がした。

2007年6月16日土曜日

自動翻訳機

まったく外国語を身に付けられてないのでなおさら思う、あったら便利だよな自動翻訳機。言葉という記号を、自動的に推測変換するのは、いずれ可能だと思う。
だけど、本当に伝えたいのは記号ではなくて、その向こうにある気持ち。さらには、できれば、言葉に置き換えきれなかった気持ち。ふと、言霊ってそんな言葉未満も含むのかなと考えてみたりする。