2008年5月3日土曜日

おばちゃん阿姨

事故話の続き
注意。今回は「しも」の話が絡みます。

尿瓶やおまるのようなものも用意されているものの、使ったことないのでどうしたものかと思っていたが尿意に促されて、ちょうど顔を出した看護士に尿瓶を取ってもらう。仰向けのまま、尿瓶の口にペニスを入れるのだが、尿瓶を体の横に配置する都合上、ペニスが横を向くので、なんだか放尿するには心もとない気がする。成人してから女性を前に放尿の準備をするのは初めてだが、事態が事態なので、その辺は照れずに開き直れている自分。「こういう使い方でいいんですかね?」看護士に聞いたものの、「そうですね…」と、いまひとつ曖昧な返事。中国人看護士なので、日本語は完全じゃないせいもあるのかな、と思いつつも、女性にしてみたら男性器での放尿の仕方を聞いても、身をもっては分からないよなと思いつつ、とりあえずその状態で放水。やりづらいけどなんとかなった。その後、体を横にしてやったほうが、安定して出せる事に気づく。
そんな矢先。日本人医師が青い作業服のひとりのおばちゃんを連れてきた。「彼女が側について近藤さんの面倒をみますので…」との事。介護士みたいなものだろうか。中国語でおばちゃんは阿姨(アーイー)というのだが(日本語よりはやや意味は広くなるらしい)、中国人看護士や他のスタッフも彼女をアーイーと呼ぶので、僕も彼女をアーイーと呼ぶことにする。でも、このおばちゃん、日本語は通じないらしい。大丈夫か?まあ、中国語の勉強と思うことにする。

2008年5月2日金曜日

浦南医院 国際医療部へ

事故話の続き

日本領事館に相談したところ日本語が通じる病院を紹介してくれました。浦南医院の国際医療部です。というわけで、早々にそちらに運ばれました。救急車スタッフの患者の扱いは、日本より少し雑な気がしましたが、単に言葉がわからないから、そう感じるだけかなあ。新しい病院は、寝たきりで動いてはいけない状態なので、どういう病院かよくわからぬまま、流れる天井を眺めるだけ。でも、廊下で誘導する言葉が日本語だったので一安心。東京の僕の部屋より広い個室に運ばれました。
そのあと、日本語の流暢な中国人医師、日本人医師の皆さんの診察。主に脚の感覚を診るもので、足の裏をくすぐられたりしました。特に神経上の問題は出てなさそうで、月曜にさらにCTで詳しく調べますとのこと。その時は金曜の夕方になっていて、土日はCTは動かないらしいのです。そうして診断が終わり、部屋に一人になってふと疑問。生まれてはじめての寝たきり状態、食事と大小便と風呂はどうなるんだろうと。とりあえず、おしっこしたくなってきたんだけど…。尿瓶ってどう使うの???

じん帯が消失?あるいは確定申告書類提出

入院のためできずにいた確定申告の書類作成が終わったので、渋谷区税務署に提出しに行く。うちから歩くには少々遠いのではあるが、リハビリを兼ねて歩いて行くことにする。参宮橋の脇を抜けて40分ほどで到着。提出は問題なくあっけなく済んでしまう。
帰りはコースを変えて明治神宮を抜けていくことにする。が、途中から右足首が重いというか、だるいというか、ともかく調子が悪い。これは今回の事故が原因というわけでもないのだが、今回の事故によって新たな事実が判明した部分である。この右足、ずいぶん昔からひねり癖があるなとは思っていたのだが、それどころではなかった。今回の入院でレントゲンを撮られた時に言われたのだ「今回より前に、じん帯が無くなってるね」。どうりでよくひねるはずだ。でも、とりあえず普段歩き回ってるし、南国のアイドルDVD撮影では砂浜を走るし、去年の短編撮影では雪山を歩き回った。じん帯がなくても、運動選手でもない限り、生活や仕事はなんとかなるようだ。
とはいえ、今回は足も弱っているせいか、妙に右足首に疲れが響く。足首対策のリハビリも今回の入院で教えてもらったので退院後も続けているのだが、ひょっとしてがんばりすぎかな??

2008年4月26日土曜日

と、ここで今

と、ここで今の様子。
朝起きると、体がぎこちない感じもするが、外をウォーキングするとぎこちなさもなくなってくる。
日中は、2-3時間起き上がっていると、腰痛を感じる。たぶん、チタンを付けた下の軟骨あたり。で、横になるとしばらくして、そのあたりがポキっとなる。指をポキっとならす感じ。すると少し楽になる。昨日は、調子に乗ってさらに伸びをしてみたら、ポキじゃなくてボリっと異物感を感じたので、あまりまだ大きな動きは止めた方が良さそうだ。
そんな繰り返しで起きているが、夕方になると腰痛のほかに背中に異物感も感じてくる。おとといくらいまでは、それでも各種作業にそれなりに集中できたのであるが、昨夜は疲れがたまったのか、異物感で集中力が続かず、腰痛も強くなってくるので早々に寝てしまった。
手術して1ヶ月をすぎたが、まだまだ安定しないのか、これが安定点なのか、とりあえずコルセットを外すOKがでるまでは(たぶんあと2ヶ月くらい)のんびり経過をみるしかないかな。

2008年4月24日木曜日

最初の救急病院

事故話の続き。

事故直後は軽い腰痛ぐらいに思っていたのですが、どんどん腰が痛くなっていき、体を起こしていられない状況になってきました。それで別のタクシーで救急病院に担ぎ込まれたのですが、当然、みんな中国語。旅行に備えて少しは中国語を勉強してあったのですが、こんな状況を説明できる能力はありません。途方にくれていると、ジャクリーンという一人の中国人女性が近寄って来てくれて、英語で通訳を買って出てくれました。英語も得意ではないですが、少なくとも中国語よりはできます。どうやら、オリンピックに備えて、彼女のような外国人のためのボランティアが救急病院に配置されているようです。おかげで、症状や状況を医師に説明することができました(ありがとう!ジャクリーン!)。で、ここで、レントゲンの結果、脊椎が骨折していることが判明、おそらく手術を要するとの事、どうしたものか。これより3週間強にわたる寝たきり期間が始まります。

写真は、診療を受けた場所です。なんとも雑然。向かって左に医師が座り、右に僕が座りました。写真はベッド(?)に横たわった状態で撮ったのですが、この後、手を大きく切ったヤクザ風体の男性の問診が始まりました。男性は問診中もずっとタバコを吸い続け、吸殻は床に落としていました。漫画で描かれる歌舞伎町の病院ってこんな感じだよなあ、とぼんやりと考えていました。

2008年4月22日火曜日

上海に到着して1時間もたたずに…

2008年2月29日夜。初めての中国。初めての上海。その初めて見るはずの景色はまだ夜のためタクシーからは見えず、と思っていたら…。そして、初めての交通事故になりました…。入国して1時間も立ってない頃です。。。。
事故は乗っていたタクシーが前方ですでに発生していた玉突き事故に突っ込む形で発生しました。事故発生少し前に、何気に運転席を覗いたときに見えたスピードメーターは120kmを表示していました。突っ込む際に減速感は感じなかったので(居眠り?本当に気づかなかった?)ほぼその速度で突っ込んだものと思います。このような時、「その瞬間はスローモーションだった」という話をよく物語などで聞きます。確かにそういう表現が適当かもしれませんが、お決まりの走馬灯のようなものは流れず、ただただパニックで頭が沸騰したという感じ。 そして伝わりくる衝突の衝撃、その鉄を砕く衝撃に肉の無力さを直感しました。
上海で赤いタクシーは避けたほうが良いです。。。

2008年4月20日日曜日

退院しました!

4/17に、やっと退院しました。第二腰椎破裂骨折による、およそひと月半の入院生活。でも多くの方々のおかげでここに至る事ができました。みなさま、本当にありがとうございます。
写真は、改造手術後のレントゲン写真です。いまやチタンが埋め込まれた改造人間です。でも必殺技は使えません。
これまでの経緯は、またおいおい…。
とりあえず、ゆうばり国際ファンタスティック映画祭に行けなかったのが悔やまれまする。まさか、自分の作品の上映時間と、自分の手術の時間が重なるとはね…(苦笑)